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みらいのてんさい
未来の天才
豊島 与志雄
「人間 第三卷七月號」人間社出版部、1921(大正10)年7月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,630 字 · 38 页
私は幸福だったのだ。この上もなく幸福だったのだ。
私はケンブリッジの絵具を並べ、新らしいカンヴァスや画筆に触ってみ、伯父の手紙をも一度読み返した。指輪と大島とに百五十円余り使ったけれど、洋封筒の中にはまだ、五七の桐を漉き込んだのが十二枚残っていた。私はそれを、更に来るべき幸福の場合のために、丁寧に本箱の抽出にしまった。
朝食後、私は室の中を片附け初めた。古い書物や画筆や絵具やカンヴァスなどが、乱雑に散らかっていた。室の隅々に埃がたまっていた。日に一度お上さんが一寸掃いてくれるきりなので、それを綺麗にするのはなかなか骨が折れた。手紙の整理をしたり押入の中を片附けたりしてると、午後までかかった。
二時頃だったと私は覚えている。お上さんがとんとんと階段を上って来た。そして首だけ出して大きい声で云った。
「静子さんがみえましたよ。」
「静子さんが!」
私は惘然と立ちつくした。余りに意外だった。どうしていいか分らなかった。私がまごまごしてるうちに、静子は風のようにすっとはいって来た。
「まあ!」と彼女は云った。
室の中は、ごたごた種々な物を投り出したままになっていた。