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さっぽろまで
札幌まで
寺田 寅彦
「鉄塔」1932(昭和7年)11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,545 字 · 14 页
急いで階段を駈け上がろうとすると、そこには子供を連れた婦人が立ちふさがっていて上がれない。やっと外へ出て見るとそこは上野公園のような処で、自動車やボーイスカウツが群集している。敵の飛行機から毒瓦斯の襲撃を受けたときの防禦演習をしているのだという。サイレンが鳴ると思ったら眼が覚めた。汽車はもう仙台へ着いていた。
帰宅してみると猫が片頬に饅頭大な腫物をこしらえてすこぶる滑稽な顔をして出迎えた。夏中ぽつりぽつり咲いていたカンナが、今頃になって一時に満開の壮観を呈している。何とか云う名の洋紅色大輪のカンナも美しいが、しかし札幌円山公園の奥の草花園で見た鎗鶏頭の鮮紅色には及ばない。彼地の花の色は降霜に近づくほど次第に冴えて美しくなるそうである。そうして美しさの頂点に達したときに一度に霜に殺されるそうである。血の色には汚れがあり、焔の色には苦熱があり、ルビーの色は硬くて脆い。血の汚れを去り、焔の熱を奪い、ルビーを霊泉の水に溶かしでもしたら彼の円山の緋鶏頭の色に似た色になるであろうか。
定山渓も登別もどこも見ず、アイヌにも熊にも逢わないで帰って来た。函館から札幌までは赤の尻尾の部分に過ぎないが、これだけ行ったので北海道の本当の大きさがいくらか正しく頭の中で現実化されたように思う。