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すぎがき

杉垣

宮本 百合子

「中央公論」1939(昭和14)年11月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,051 字 · 30 页

青空文庫

前後の事情がそんな具合であったから、峯子には話の内容はよくわかっていない。自分が出現したことで、その話もうちきられた形になったが、今の慎一の物の云いぶりには、おのずと峯子の注意をよびさます何かがふくまれているのであった。

大通りから右へ折れて砂利道にかかると、ところどころに草の生え茂った空地などがあって、峯子は照子を抱いている慎一の肱へ下から手を添えて歩いて行った。下界に風が出ているわけでもないのに、いつ湧いたのか雲が時々月の面を掠め、雲が迅いので月の方が動いて行くように見える。彼等のゆく道も明るくなったり、翳ったりして、その明暗を顔にうけながら、慎一は低く柔く口笛をふいた。一人の人が歩いているような二人の砂利を踏む跫音と静かな口笛の音とは寝しずまった深夜に響いた。

家への杉垣を曲る手前に、ひどく吠え立てる犬がいた。夜更にかえるとき慎一はいつもその犬が聴きおぼえている独特の調子の口笛を、峯子もききつけることを知りながらふきふき来るのであった。

二

東京の人口はどの位あるのだろう。大体が六百五十万ほどだそうだから、そのなかでサラリーマンと云われる部類は凡そ数十万を占めているにちがいない。