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すぎこ
杉子
宮本 百合子
「新女苑」1941(昭和16)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,552 字 · 19 页
杉子の視線につれて其方を見た兼吉は何故か急に、
「まあ、いい、いい」
と、声を低くした。
「じゃ、また、いずれ」
ステッキを大きくついて歩み去った。
杉子ものろのろ歩き出した。折から、夜学へ向う学生服の一群がどっとはき出されて来て、兼吉の姿を遮ってしまうとともに、駅の入口に佇んでいる伊田も杉子のところから見えなくした。
すれちがう一人一人が杉子の胸に大きくひろがって感じられる落胆に靴音を反響させて行くような思いがした。杉子は伊田をしゃんとした友達として、ああいう無礼な大人に対して頭を高く擡げて、自分と一緒に立向ってくれるような友達として希望していた。それだのに伊田は、いつの間にやらあんなところへ行ってしまっている。そこには杉子の心の中でひしがれた矜恃があるばかりでなく、伊田そのひとのために杉子が感じる屈辱感に似たものもあるのであった。
最も近くにいて欲しかった瞬間に、伊田はあんなに離れたところへ自分を置いた。
その距りが、今は杉子の感情のなかで伊田の位置をきめたことになった。伊田の気弱さ、気のよさはわかるとして、そのあり場所はちぢまない。こんなに急に心の距離が感ぜられているのに、歩いていけば一足ごとに伊田の顔がはっきりして来るのが悲しく訝しいというような眼色で、杉子は佇んでいるその人の方へと近づいて行った。