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ひがしやまじだいにおけるいちしんしんのせいかつ
東山時代における一縉紳の生活
原 勝郎
「藝文」京都大学文学部、1917(大正6)年8月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,142 字 · 134 页
しかし苧の課役中で三条西家にとり最も収入の多かったのは、もちろん天王寺の座からして納入するものであった。天王寺の苧商人らは、越後からして荷物を取り寄せる時に船でもって若狭まで、次に若狭から近江を通さなければならなかった。ところが山門がその近江通過を要して課役でもかけたものと見え、苧商人から山門に対する苦情の出たことがある。また阪本の商人ら越後において青苧の盗買をし、課役を免れんとしたので、その荷物の差押えがあり、それには天王寺の商人の一人なる香取という者が関係しており、その香取が金策をして三条西家の屋根葺の費用を弁じたことが日記にある。かくのごとき越後産の苧が課役の基礎になっておったのであるからして、その越後の国が乱れると、天王寺商人らも身を全うして逃げ帰るが精一杯で、苧の買入れどころではなく、したがって苧の公事も納まらなくなる。時としては越後から積み出しが実際にあっても、抜荷の恐れのあることもあったが、幸いに着船地たる若州の守護は武田で、その被官人の粟屋という者は、実隆の妻の実家なる勧修寺尚顕の女を娶って、実隆とも別懇にしているので、苧船が着くと早速にこれを留め置いて三条西家に報告してくれた。