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とうようぶんかしにおけるぶっきょうのちい
東洋文化史における仏教の地位
高楠 順次郎
外務省文化事業部に於ける講演、1930(昭和5)年2月15日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 34,830 字 · 69 页
ので、地名を改めたらしい、その前の名も「ルンミー」というのであるが、釋迦如来の生れた所がルンミーと申しますので、それを土語ではルンミーと申したのである。その音訳だと思います、正式の梵語では「ルンビニー」という地方で今にその古趾が残っております。今は「チャム」と云う人種が交趾に残っている、その辺から掘り出す物を見ますると、たいていインドの舎衛城であるとか、迦毘羅城であるとか、インドの名前が付いている。交趾シナあたりでは臨邑が一番北にありまして、チャム族であり、真臘(チャンプ)が南に在って今のカンボジャであります。
それからもう少し行くとアンコルワット寺である。これは近頃発掘して大変有名な所でありますが、山田長政など徳川時代の人が行って見た人が多い。そのとき柱に書いたものが近頃発掘されて日本人が行っておったということが分ったのであります。アンコルワットを天竺徳兵衛は祇園精舎と思っている、その土地をインドと思っている。しかしそれをインドと思うのは無理がないのでことごとくインドの名前が付いているからであります。アンコルワット寺院のある所も釋迦如来の太子たりし時の妃の名前が付いて、ヤソダラプラ(耶蘇陀羅城)というのである。