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とうようぶんかしにおけるぶっきょうのちい
東洋文化史における仏教の地位
高楠 順次郎
外務省文化事業部に於ける講演、1930(昭和5)年2月15日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 34,830 字 · 69 页
シナ人自身が儒教を棄ててしまった。棄てるばかりではない、全体儒教が分っていない。忠と説いても忠を徹底的に教えたのは日本人のみで、シナでは分っていない。儒教の精神を本当に理解しているのは日本人である。しかし震災の当時に日本唯一の孔子の像を焼いてしまった。誰一人これを助けにいかなかったのは遺憾でありますが、これは儒教は信仰として残ったものでないから、そうだったのかも知れませぬ。
そういう訳でシナは儒教の国ではない。シナの土地が痩せている。インドは仏教の国ではない。当時哲学的にはインドが一番進んでおった、けれどもインドは本当に仏教を理解していない。今頃になって気付いて、十年前の統計では三千人しか仏教徒と書いて出す者がなかったが、十年後の統計で見ると三十二万八千五百人の人が仏教徒と書き出した。これはインド人が自覚してきたからでありますが、結局自分の国で棄てたことを後悔している。聖徳太子が言われたように日本は大乗相応の地である、大乗に適応した国は日本であるというのであるが、聖徳太子が適応するように、率土の浜王土に非ざるなしという憲法を書き出されて、日本の組織と仏教の組織とを合一せしめられた方針が重きを為しているのだと思います。