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まつかぜのもん

松風の門

山本 周五郎

「現代」大日本雄辯會講談社、1940(昭和15)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,862 字 · 26 页

青空文庫

と彼は繰返した、「……壁に穴を穿つことは出来ぬ、そう申したと存じます」

宗利は声をあげて笑った。真面目くさって云えば云うほど、それはばかげた、埓もない言葉に思われた。宗利は八郎兵衛のとり澄した顔と、その言葉の愚かしさとの対照の奇妙さに、大学の侍していることも忘れて笑った。そのときもし彼が、八郎兵衛の面を瞶めている大学の鋭い表情に気づいたとしたら、たぶんそんな笑い方はしなかったに違いない。

「益もない者になってしまった」八郎兵衛が退出してから、宗利は明らさまに失望の色を見せながら云った、「人間は誰でも、一生に一度は花咲く時期をもつというが、八郎兵衛は十歳までに生涯の花を咲かせてしまったのかも知れぬ、あれではもうしようがないな」

大学はやはり黙っていた。宗利はそのとき初めて、老人の眸子が責めるように自分を見戍っているのをみつけた。「大学はさようには思いませぬ」老人は低い静かな声で云った、それは久しく聞いたことのない厳しい調子をもったものだった。宗利は足下の敷物をひき抜かれたような気持で、老人から眼を外らした。

農民たちの不穏な動きがとうとう一揆に発展したのはそれから四五日後のことであった。