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まつかぜのもん
松風の門
山本 周五郎
「現代」大日本雄辯會講談社、1940(昭和15)年10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,862 字 · 26 页
鷹ノ巣山は鬼ヶ城山塊の一つで、なだらかな丘陵をなし、松と杉が蔽い茂っている、八郎兵衛は先頭を駆りながら、山麓いちめんに焚火の煙と、右往左往する人の群を認めた。そしてそのとき、どんな連想作用でか、「白狐の窟」に籠っていたとき、深山竜胆の花蔭にみつけたあの蜥蜴の姿が、ふと幻のように眼前にえがきだされた。――あの蜥蜴も、もう穴へ籠ったであろう。そう思いながら、然しどうしてこんなとき蜥蜴のことなど思出したのかと不審な気がした。
「此処でお待ち下さい」小さな土橋の処に来たとき、八郎兵衛はそう云って、馬を下りた。治右衛門は手を挙げて一同に止れと合図をした、そして鉄砲足軽たちを用水堀の堤へ一列に並べた。
「どのような事があっても、拙者が合図をするまでは決して手出しをなさらないで頂きたい、固くお願いして置きます」
「出来るだけそうしよう」治右衛門は婿にうなずいてみせた。
八郎兵衛はしずかに歩きだした。一揆の群は早くもそれを認めたらしく、松林の中から蟻の塔を突崩したように、手に手に得物を持った人々がばらばらと道の方へ押出して来るのが見えた。――どうして蜥蜴のことなど思出したのだろう。