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そめきちのしゅぼん
染吉の朱盆
国枝 史郎
「サンデー毎日」1927(昭和2)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,824 字 · 35 页
その時はすっかり衰弱している。どうしたと尋ねても真相をいわない。そうして、おまけに、いうのである。
「ああもう一度あそこへ行きたい」
そうして間もなく死んでしまうのである。
時世は慶応元年で、尊王攘夷、佐幕開港、日本の国家は動乱の極、江戸市中などは物情騒然、辻切、押借、放火、強盗、等、々、々といったような、あらゆる罪悪は行われていたが、岡八のぶつかった難事件のようなそんな事件は珍しかった。
「さらわれた先をいわないというのが、何より変梃で見当がつかない」
全く見当がつかなかった。
で、この日頃ムシャクシャしていた。
そんな気も知らずに半九郎奴、十年前の古事件、お縫様屋敷の物語りを、面白くもなく、しゃべり立て謎を解いて見ろというのである。
「で、何かい」と岡八はいった。「その古々しい因果物語りが、はやり出したというのかい?」
「ああそうだよ」と半九郎。「銭湯へ行っても髪結床へ行っても、専らそいつが評判なのさ」
「で、何かい」と、また岡八「四人までも切った侍が、其まま解らずに消えたのが、面妖だっていうのかい?」
「それからどうして染吉が、燈心の火が消えるように、衰死したかが不思議だというのさ」