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りゅうえいひろくかつえぐら

柳営秘録かつえ蔵

国枝 史郎

「国民新聞」1926(大正15)年1月5日~15日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,933 字 · 27 页

青空文庫

背後で優しく呼ぶ声がした。

「さあ一緒に帰ろうよ」

「うん、お杉坊か、さあ帰ろう」

こうは云ったが鬼小僧は、身動き一つしなかった。

お杉は驚いてじっと見た。黒襟の衣装に赤前垂、麻形の帯を結んでいた。驚くばかりのその美貌、錦絵から抜け出した女形のようだ。

笠森お仙、公孫樹のお藤、これは安永の代表的美人、しかしもうそれは過去の女で、この時代ではこのお杉が、一枚看板となっていた。身分は水茶屋の養女であったが、その綽名は「赤前垂」……もう赤前垂のお杉と云えば、武士階級から町人階級、職人乞食隠亡まで、誰一人知らないものはなかった。そうしてお仙やお藤のように、詩人や墨客からも認められた。彼女の出ている一葉茶屋、そのため客の絶え間がなかった。お杉はこの頃十七であった。

同じ浅草の人気者同士、鬼小僧とお杉とは仲宜しであった。

「お杉坊」と鬼小僧は物憂そうに、

「今日は一人で帰ってくんな。俺ら偉いことにぶつかってな、考えなけりゃアならないんだよ」

「妾も実はそうなのさ。それで相談をしたいんだがね」

「え、それじゃアお前もか? アッハハハ大丈夫だ。養母さんと喧嘩したんだろう。