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けいまのげんそう
桂馬の幻想
「小説新潮 第八巻第一六号」1954(昭和29)年12月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,784 字 · 28 页
そうでなくとも対局中に中座して散歩にでるなぞというのはあまり例のないことである。それに封建色の強いこの社会では大先輩を待たせておいて散歩は礼を失するも甚だしいというような考え方も濃厚だ。また対局中は神経が異常にたかぶるからノンビリ息ぬきの散歩なぞと余裕のある気持にはなれないのが普通でもある。それで野村は呆れたのである。
「本当に対局中なのかい?」
「ええ。夜中ぢかくまでかかりそうです」
「そうだろうな。立会人の小川八段がそんなふうに教えてくれたから安心して釣りにきたわけだが、しかし、キミもずぶといもんだなア。もっとも釣りをしながら、観戦記事が歩いてきてくれるんだから、ボクの方はこれに越したことはないがね」
「アレ。まだ一匹もつれてないや」
「まだ糸をたれたばかりだよ」
「ハッハ。腕前のせいでしょう」
木戸は遠慮なく笑いたてた。社交的な冗談とちがって、まったく遠慮を知らないという感じであった。そのずぶとさに呆れたばかりのやさきであるし、腕前だけをたよりに生きている勝負師に腕前のせいでしょうと云われてみると、全然そうに違いないような情けない気持にさせられて、野村はちょッと気をわるくした。