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けいまのげんそう

桂馬の幻想

坂口 安吾

「小説新潮 第八巻第一六号」1954(昭和29)年12月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,784 字 · 28 页

青空文庫

読み切ったように錯覚しちゃってね。指してから全然考えずにやッちゃったのに気がついた始末ですよ。津雲さんの応手が妙手のわけじゃないんです。読めば気のつく当り前の手だったと思うんですが、あまりダラシない見落しですから津雲さんになめられちゃってね。で、まア、おかげで幸せしたらしいですよ。バカな将棋さしました」

あとで木戸は苦笑してこう野村に語った。しかし、そのとき、野村にはまだ娘の顔に四五桂を見たという言葉の意味がわからなかったのである。

津雲は翌日の早朝に宿を去り、おそくまで残ったのは野村と木戸だけであった。二人はそろって散歩にでた。例の借金を払ってセーターを取り戻すためである。

ところが山上へあがってみると、茶店は戸を閉じている。裏へ廻ってみたが、ここにも戸締りがしてあって、おとなっても返事がない。裏の畑にも人影がないから、山を降りて野良の人にきいてみたが、

「そうかい。戸締りがしてあるかい。それでは出かけたのだろうよ」

という悠々たる御返事であった。

「どこへ行ったかわかりませんか」

「知んねえね」

誰にきいてもわからない。

「セーターはあきらめて、戻るとしようよ」