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とうりんどうのさとうづけ
桃林堂の砂糖づけ
中谷 宇吉郎
「あまカラ 第118号」甘辛社、1961(昭和36)年6月5日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 2,306 字 · 5 页
この話は、サラ・リイの主人には、非常に意外らしかった。年間を通じて、毎日トラック八十台のフルーツ・ケーキをつくっているのにくらべては、あまりにも時代ばなれのした話である。「どうして、保存の方法を考えないのか」というのが、最初の質問であった。
「桜んぼうが、一番むつかしいが、あれでも濃いブラインにつけておけば、一年は充分もつ。それをよく洗って使えば、大丈夫ですよ」
「しかし香気はなくなりましょう」
「もちろん、香気はつけなきゃあ。非常によい香料が出来ていますから」
「色の方は、どうでしょう」
「色はよく抜けているから、新しく着色するのは容易です」
こういう問答をしているうちに、大きい手編みのざるに、いろいろなものの砂糖づけを一杯ならべて、娘さんが、しずしずと現われた。その中から、一片ずつを白紙にとりわけて、この主人は鄭重に、来客の前にそれをさし出した。新しい抹茶がまた運ばれてきた。
大橋さんが、あんなに褒めていたので、期待をもって、試食してみたが、なるほど褒めるだけの値打ちはある。蕗にも、わらびにも、ちゃんと春の香気が浸みこんでいる。歯をあてた瞬間に、その香気が、口いっぱいにひろがり、それぞれの野菜の新鮮な香りが、そのままである。