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うめづしえんおうでん
梅津只円翁伝
杉山 萠円
「福岡日日新聞」1934(昭和9)年4月14日~5月31日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 65,582 字 · 130 页
出張教授をしている梅津朔造氏や山本毎氏等の処へ度々至急電報が飛んだ。
最初のうちは両氏等も倉皇として翁の枕頭に駈け付けたが、その後同じような至急電報が頻々として打たれたので、両氏も自然と狼狽しなくなった。そう急に死ぬ老先生ではないというような一種の信念が出来たものらしかった。
そのうち明治何年であったか、京都で何かの大能が催さるるとかで、翁の状態を知らぬ旧知、金剛謹之介氏から翁に出演の勧誘状が来た。
その手紙を見た翁は直ぐに傍をかえりみて云った。
「折角の案内じゃけに行こう。まだ舞えると思うけに京都迄行って、一生の思い出に直面の『遊行柳』を舞うてみよう」
傍の人々は驚いた。急遽門弟を招集して評議した結果、翁の健康状態が許さぬ理由の下に翁を諫止してしまった。万事に柔順な翁は、この諫止に従ったらしいが嘸かし残念であったろうと思う。こうした出来事には人道問題、常識問題等が加味して来るから一概には是非を云えないが、まことに翁のために、又は能楽のために残り惜しい気がして仕様がない。舞台で倒れるのは翁の本懐であったに違いなかったのだから……。後年、熊本の友枝三郎翁が、「雨月」