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うめづしえんおうでん
梅津只円翁伝
杉山 萠円
「福岡日日新聞」1934(昭和9)年4月14日~5月31日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 65,582 字 · 130 页
明治の後年になって東都の能楽師がボツボツ喰えるようになって互いに門戸を張り合って来た時、翁の如き一代の巨匠が中央に乗出していたならば、当時の能界の巨星と相並んで声威を天下に張る事が容易であったかも知れぬ。しかも翁はそのような栄達、名聞を求めず。一意、旧藩主の恩顧と、永年奉仕して来た福岡市内各社の祭事能に関する責務を忘れず、一身を奉じつくして世を終った。
風雲に際会して一時の功名を遂げるのは比較的容易であると聞く。権を負い、才力を恃んで天下に呼号するのは英雄豪傑の会心事でなければならぬ。
しかし純忠の志を地下に竭し、純誠の情涙を塵芥裡に埋めて、軽棄されたる国粋の芸道に精進し、無用の努力として世人に忘却されつつ、満足して世を去るという事は普通の日本人……世間並の国粋流者の能くするところでない。
旧藩以来福岡市内薬院に居住し、医業を以て聞こえている前医師会理事故権藤寿三郎氏(現病院長健児氏令兄)は梅津只圓翁の係医として翁の臨終まで診察した人であるが、嘗て筆者にかく語った。
「私は謡曲とか能楽とかいうものは些しも解からず、又面白いとも思わない。しかし医師として梅津只圓翁の高齢と元気とには全く敬服していた。