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ばいしのつえ
梅颸の杖
吉川 英治
「文藝春秋 オール読物号」1930(昭和5)年7月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,966 字 · 32 页
その悩みの相を、山陽は今、淀川をゆるく上る船の中で、杖を抱いて黙している梅※(「風にょう+思」、第4水準2-92-36)の上にありありと眺めた。
山陽はひそかに惧れる。
四十五の年齢になっても、まだ母の悩みを自己の悩みとすることのできない幼稚な自分を知った。
何が老母の怒りを刺戟したのだろうか。
山陽の名に反感をもつ腐儒者の悪宣伝が、国元へまでうるさく流布されている噂はある。然し、全慈愛の母の相に対して、そんな口実をとって自分の心までごまかす気にはなれない。何がと自問する迄もなく、母の眼から見れば、明白な頼襄という人間には、事実いけない点がたくさんあるに違いない。怒られる原因が幾つもあるにちがいない。
その顔いろを和らげるために、京都へ着くまでの間、船の中の山陽は、たえず梅※(「風にょう+思」、第4水準2-92-36)のきげんをとって河内の風光を指したり、乗合い客の子供に寄せて孫の話をしたり、即興の詩を賦して母の評を求めたりして、間断なく心をつかっていた。
そして、東三本木の家へ着いた。加茂川の崖に倚って、庭の木の間から東山の隠見される水西荘、一昨年の冬至、二百三十金で買った、山陽が自慢の家だった。