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ばいしのつえ

梅颸の杖

吉川 英治

「文藝春秋 オール読物号」1930(昭和5)年7月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,966 字 · 32 页

青空文庫

篠崎小竹がそう言って来た。

梅※(「風にょう+思」、第4水準2-92-36)を広島へ送ってから、年が暮れ、それから間もない正月の事なのである。

大塩と山陽との会見は、いつか機のなるものとして、その前からも度々同人間の宿題にされていたことである。山陽も会っていいとは考えていた。いや、むしろ近づきたい気もちさえあった。然し、彼の勢力へ諂うのはいやだと思った。大坂与力という官僚色、洗心洞塾の門下の数、王陽明学派の泰斗という名声。それらが、何時もちょっと山陽の頭を高くさせた。

その日は、小竹がしきりと言うので、

『では、参ってもいい』

と、返辞をした。

程なく、書面で、会合の日を報らせて来た。先へ快諾の旨を話すと、中斎は非常なよろこびで、当日を待つというのであった。

それに、もう一つ、用件が添えてある。

誰に聞いたのか――恐らく洗心洞の門生でもよそから聞いて来たのであろうと小竹は書いている。頼先生の手許にいつぞや御母堂から贈られた杖があるそうである。近ごろ床しいお話、ことに春水先生の遺品ということでもあれば、ぜひ当日御持参下さって、見せて賜わるわけにはゆくまいか、と中斎が希望である。