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しいのき
椎の木
豊島 与志雄
「経済往来」1934(昭和9)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,870 字 · 52 页
心配するといけないから。」
良一は彼の顔を見返したが、何にもよみとることが出来なかった。ともかく、立上って、すぐ玄関に出てみたが、そこには誰もいなかった。
引返してくると、母親は丁寧に挨拶をした。
「もうお帰りでございますか、何にもおかまいも致しませんで……。あの……先生にお逢いの時には、どうぞよろしく申上げて下さいませ。私へまで、こんな御馳走をいただきまして……。」
そこには、何か料理らしい折詰のものが置いてあった。
「じゃあ、そこまで送ってきます。ちょっとお茶をのんでくるから、少しかかりますよ。」
茂樹は母親へそう云って、もう先に立って玄関へ出ていた。
良一は後につづいた。二三間行くと、茂樹は彼の耳に囁いた。
「川村さんのためには、僕は生命をなげだしてもいいんです。安心していて下さい。」
良一には何のことやら分らなかった。茂樹の足はばかに早かった。なかば小走りについていきながら、良一はもう考えるのをやめた。伯父のところへ行くと、川村さんは狂人だと言われるし、川村さんのところを訪ねると、本当に気が少し変らしい青年に逢うし、それから不思議な写真のこと……。