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しいのき
椎の木
豊島 与志雄
「経済往来」1934(昭和9)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,870 字 · 52 页
そこの広い街路の片端で、五十年配の男が、突然棒のように立止った。いつまでも棒のようにつっ立って、真直のところを凝視し続けている。その視線を辿ると、多少その辺で気が変だと知られていた竹山茂樹が、コダックを胸にかかえて、つっ立ってる男を写真にとってるのだった。一枚写し終えると、此度は方向をかえて写し、二三枚の写真をとった。その間、男は全く棒のようにまた殉教者のようにつっ立っていた。最後に茂樹は、男の方へ一瞥をなげて走りだした。男もその後を追って駆けていった……。
「僕がぐずついてたので、竹山の父親はまちきれなくて、やたらに歩き廻ってたものと見える。」と川村さんは云った。「然し、二人を対面さしたところで、結果は同じだったかも知れない。或はもっと悲惨な結果になったかも知れない。竹山の頭の中の幻影は、もう父親を見分けることを許さなくなってたらしい……。」
川村さんが竹山の母親から大体の話をきいてる間、そしてその後になっても、竹山は自分の室にはいったきり出て来なかった。見にいってみると、写真器の破片がちらかってる中に、竹山は茫然と坐りこんでいた。身体が硬直していた。