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しいのき

椎の木

豊島 与志雄

「経済往来」1934(昭和9)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,870 字 · 52 页

青空文庫

然し、この五千円だけはどうもまじめらしかった。金のことなんか今迄に一度も口にしたことのない人だけに、よほど困った事情があるのかも知れなかった。

良一は心当りを物色してみた。話してみるようなところは一人きりなかった。それは彼の伯父で、川村さんとも知合いだった。然しそんな話は、伯母さんや家族の人たちの前ではしにくいので、会社の方に行くことにした。他に用もあったので、なか一日おいて、電話できき合せると、四時頃来てくれとのことだった。

丸の内のオフィス街は、冬の四時頃にはもう日の光がなく、退出の会社員等が散乱して、慌しい気分にぬられていた。良一は他国にでも来たような気持で、伯父の会社にはいっていったが、その応接室で、三十分ばかり待たされた。それから伯父の室に案内された。

古ぼけた羅紗で蔽われた大きな卓子の前に、革の椅子にぎごちなく腰掛けた時、良一は用件をきりだすのに困った。伯父は何かの印刷物をもてあそびながら、鼇甲ぶちの大きな眼鏡ごしに、じろじろ良一の方を眺めた。めったに顔をみせたことのない良一が、しかも会社の方で逢いたいというので、好奇心を起したのであろう。