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つばきのはなのあか
椿の花の赤
豊島 与志雄
「公論」1940(昭和15)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,755 字 · 22 页
それからまた、忙しい仕事が一段落ついた後、社長から嫌味を云われても、おとなしく頭を下げてるだけで、不平らしい様子も見せません。もっとも、この方では、彼はずぬけて欠勤が多く、そのくせ遅刻は一回もない様子です。どうも見たところ、朝おそくなって、遅刻しそうな時には、そのまま一日休んでしまうという調子らしいんです。遅刻はいやだが欠勤は平気だというんでしょう。社長もこれに気がついたかして、彼の欠勤について或る時、純真な男だとふと口を滑らして、それからは社内で、欠勤の代りに純真を発揮するという言葉がはやったことがあります。あいつ純真を発揮しやがったなとか、明日あたり純真を発揮してやろうかなとか、そういった工合です。でとにかく、別所君については、ひどくおとなしいということと、欠勤が多いということが、しいて拾えば目立つ点でした。
それから次に、これは私一人だけの意見ですが、別所君はいつも胸の中に無数の不平不満を、それもごく小さなものを無数に、ひとり秘めていたのではないかと思われるふしがあります。私はおもに社内にいて原稿の整理をしたりしていますし、席も別所君の近くなので、別に観察することもなく気付いたのですが、別所君は時々、というのはおもに暇な時なんですが、窓硝子ごしに目を空にやって何か考えこんだり、それからまた急に舌打ち