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れもん
檸檬・ある心の風景 他二十編
梶井基次郎『檸檬・ある心の風景 他二十編』。同一底本的分册已合并为一书。收入:檸檬、ある心の風景、愛撫、ある崖上の感情、泥濘、闇の絵巻、冬の蠅、冬の日、闇の書、Kの昇天、筧の話、過古、器楽的幻覚、のんきな患者、路上、桜の樹の下には、雪後、城のある町にて、蒼穹、海、温泉。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 127,934 字 · 263 页
それでなくても老人の売っているブリキの独楽はもう田舎の駄菓子屋ででも陳腐なものにちがいなかった。堯は一度もその玩具が売れたのを見たことがなかった。
「何をしに自分は来たのだ」
彼はそれが自分自身への口実の、珈琲や牛酪やパンや筆を買ったあとで、ときには憤怒のようなものを感じながら高価な仏蘭西香料を買ったりするのだった。またときには露店が店を畳む時刻まで街角のレストランに腰をかけていた。ストーヴに暖められ、ピアノトリオに浮き立って、グラスが鳴り、流眄が光り、笑顔が湧き立っているレストランの天井には、物憂い冬の蠅が幾匹も舞っていた。所在なくそんなものまで見ているのだった。
「何をしに自分は来たのだ」
街へ出ると吹き通る空っ風がもう人足を疎らにしていた。宵のうち人びとが掴まされたビラの類が不思議に街の一と所に吹き溜められていたり、吐いた痰がすぐに凍り、落ちた下駄の金具にまぎれてしまったりする夜更けを、彼は結局は家へ帰らねばならないのだった。
「何をしに自分は来たのだ」
それは彼のなかに残っている古い生活の感興にすぎなかった。やがて自分は来なくなるだろう。堯は重い疲労とともにそれを感じた。