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れもん
檸檬・ある心の風景 他二十編
梶井基次郎『檸檬・ある心の風景 他二十編』。同一底本的分册已合并为一书。收入:檸檬、ある心の風景、愛撫、ある崖上の感情、泥濘、闇の絵巻、冬の蠅、冬の日、闇の書、Kの昇天、筧の話、過古、器楽的幻覚、のんきな患者、路上、桜の樹の下には、雪後、城のある町にて、蒼穹、海、温泉。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 127,934 字 · 263 页
非常な速さでその危険が頭に映じた。
石垣の鼻のザラザラした肌で靴は自然に止った。それはなにかが止めてくれたという感じであった。全く自力を施す術はどこにもなかった。いくら危険を感じていても、滑るに任せ止まるに任せる外はなかったのだった。
飛び下りる心構えをしていた脛はその緊張を弛めた。石垣の下にはコートのローラーが転がされてあった。自分はきょとんとした。
どこかで見ていた人はなかったかと、また自分は見廻して見た。垂れ下った曇空の下に大きな邸の屋根が並んでいた。しかし廓寥として人影はなかった。あっけない気がした。嘲笑っていてもいい、誰かが自分の今為たことを見ていてくれたらと思った。一瞬間前の鋭い心構えが悲しいものに思い返せるのであった。
どうして引返そうとはしなかったのか。魅せられたように滑って来た自分が恐ろしかった。――破滅というものの一つの姿を見たような気がした。なるほどこんなにして滑って来るのだと思った。
下に降り立って、草の葉で手や洋服の泥を落しながら、自分は自分がひとりでに亢奮しているのを感じた。
滑ったという今の出来事がなにか夢の中の出来事だったような気がした。