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じろうものがたり
次郎物語
下村 湖人
03 第三部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 117,781 字 · 235 页
ていたとはいえ、もし彼が、彼女の身辺につきまとっている一人の青年のいまわしい眼を発見しなかったとすれば、彼の彼女に対する感情は、彼の日記の中で、「聰明で静かな少女」という文字を書いたり消したりした程度にとどまっていたのかも知れない。そして、かりに何年かの後に、お祖母さんの希望どおり、彼女と恭一との結婚が事実となってあらわれたとしても、もし彼がどこかの上級学校にでもはいっていれば、そこから彼は、過去の思い出からしみ出る言いしれぬ淋しさを胸に抱きつつも、恭一にあてて心をこめた祝賀の手紙を書くことが出来たであろう。
だが、「運命」と「愛」と「永遠」とは、おたがいに完全な握手が出来るまでは、決して中途半端な握手はしないものである。「運命」の手は、まだ容易に次郎を「永遠」の手に渡したがらない。「愛」もまた彼のまえにさまざまの迷路を用意している。次郎が、一青年のいまわしい眼を道江の身辺に発見したということは、それがあとになって彼自身に「無計画の計画」と感じられようと、あるいは「摂理」の至妙な計画と感じられようと、彼が「永遠」の門をくぐるために、一度は耐えなければならない試煉だったのである。