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まさおかしきくん
正岡子規君
伊藤 左千夫
「日本」日本新聞社、1902(明治35)年9月27日、10月3日、10月4日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,058 字 · 9 页
年を経る僅かに七年一室に病臥して、自宅十歩の庭でさえ充分には見ることのできぬ身を以て、俳壇を支配するの余力を以て、今日の成功を見たる実に偉と云わねばならぬ。親しく教えを受けて研究に預れるは僅かに七八人に過ぎぬ。しかもこの七八人の根岸派同志が今日の歌壇にいかに重きをなすか、成功の確然たるものがなくて、どうしてしかることを得べきか。
国家とその起源を同じくしているところの歌は、また皇家とその隆替を同じくしている。皇威衰えて歌もまた衰えた、万葉以降歌の奮わぬと云うのも、考えてみると不思議と思う程である。思うに世道人心と深く関係するところに相違ないのであろう、帝皇の稜威が、全く上代に復して、歌壇に偉人の顕れたと云うも、偶然のようで決して偶然ではないのである。
先生には一人の愛子があった。当年二十四歳の男で歌詠みである。こういうとあまり出し抜けで人の驚くのも無理はない。十年病に臥して妻というものはもちろん妻らしいものも無かった先生に子のあろう筈がない。が、それも真面目すぎた話で我輩の子というのはそんな血統的の話ではない。その関係というものが、その交わりの親密さというのがどうしても親子としか思われない点から、予は理想的に先生の愛子じゃと云うた訳である。