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せいぎ
正義
浜尾 四郎
「新青年」博文館、1930(昭和5)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,327 字 · 43 页
しかし検事には被告人が有罪である事を証明する義務が絶対的に与えられている。之は、『十人の罪人を逸するとも、一人の無辜を罰する勿れ』という精神から来ているのだ。尤も、この精神そのものが将して正義の精神かどうか一応考えられぬ事はない。けれども人が人を裁く限り、この格言を遵奉するより外仕方がないだろうと思う。
だから今度の事件でも、僕は森木の無罪を積極的に主張する義務はないのだ。――清川、之は君だから云うが、積極的に証明する事は今の程度では、子爵の死が自殺であると積極的に証明する事であって、それは中々困難なのだよ。しかし検事は、子爵が殺された、自殺ではない、而も森木国松に殺された、と立証するべきなのだ。
一言で云えば、今日の検事の論告其他だけではそれが立証されては居ないと信じられる。藤山検事はあれで証拠十分だと思って居るかも知れないが、僕は絶対にそうは考えない。
子爵に自殺の動機が見出されなくて、却って被告に殺人の動機が十分に有るなどという事は今更論ずるまでもなく、断罪の十分な証拠にはならない。人には誰しも秘密というものがある。殊に独身であったあの子爵のことだ。