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しとかげ

死と影

坂口 安吾

「文学界 第二巻第九号」1948(昭和23)年9月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,160 字 · 11 页

青空文庫

昨年、私が、折あしく病人をかゝえて病院へ泊りこんでおり、外出の不自由なとき、思いがけず、ヤマサンから手紙をもらった。戦争中は自分のようなものにも徴用ということがあって、センバンを握り、手もふしくれて、油にまみれて働いた、国にお務めをした、というような、落ちついて澄んだ心のうかゞわれることが、タド/\しい文字で綴られており、今、宗十郎門下にいて、青年歌舞伎にでているから、見物してくれ、と書いてあった。行って見たいと思いながら、思うにまかせず、いまだに再会していない。

ヤマサンが、私に掻きくどいた言葉は、

「先生にお仕えしたい」

という、たったそれだけの表現であった。古典芸術の伝統の中で育って、まだ二十のヤマサンは、古典の品位を身につけており、かりそめにも、ミダラではなかった。たゞ、うるんだ目で、私を見つめ、悄然として、私の側をはなれない。

男色を妖怪じみたものにしか解さぬ私に、その有様は笑止であったが、然し、お仕えしたい、という言葉にこもる己れを虚うした心事には、胸を打たれずにいられなかった。

たしかにヤマサンの心事はそれが全部で、わが身を虚うして仕えるほかに、打算も取引の念もなかった。