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しのぜんご

死の前後

豊島 与志雄

「経済往来」1933(昭和8)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,273 字 · 35 页

青空文庫

あなたにあげると云っていましたけれど、こんなことになりましたので、お葬いの費用やなんか、それから致したいと思っていますの……。」

「なに、そんなことはどうでもいいんですが、そうしたものがあったということを、あなたが知ってさえおれば、それでいいんです。本人がたいへん気にしていたようですから……。」

「よく存じております。」

それだけで話はすんだ。彼女は涙ひとつ浮べず、頬の筋肉を硬ばらして、心の扉をかたく閉め切ってるようだった。それにあまり長く対座してもいられなかった。いろいろ用があった。

おしげの棺が、その夕方、本所の方へ運ばれていく時、若い女中はすすり泣いていた。十歳をかしらの子供たちは、慴えたような不思議な様子で、寄り添って棺を見送った。

それから一週間ばかりたって、蔦子がふいに訪れてきた。其後、島村は一度さる料亭で彼女に逢った。なお、一ヶ月ほど後に、蔦子と深い仲になっていた坪井宏の訪問を受け、次いで上海から可なり詳しい手紙を貰った。そして彼等のことが島村にも大体分ったのだったが、真相がはっきり掴めたのは、それよりもずっと後になってからのことだった。