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しのぜんご

死の前後

豊島 与志雄

「経済往来」1933(昭和8)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,273 字 · 35 页

青空文庫

島田にいった頭が、風に吹かるる罌粟の花のように揺いでいた。お座敷着の身体が細そり痩せて、黄色のかった帯が大きく目立っていた。その後ろから、坪井は見えがくれにつけていった。狭い裏通りを、遠廻りにぐるりとまわって、彼女は家の前までいくと、そこの格子わきの柱に両手でよりかかって、その手の甲に額をおしあて、いやいやをしながら甘えるように身体を揺っていた。

「何をしてるの。」

坪井が歩みよって声をかけると、彼女はきょとんとした顔をあげて、遠くを見るような眼で眺めた。

「まだ帰らないの……。大丈夫よ、酔ってなんかいないから……。」

大きな声なので、坪井は、酔いきれないでいる胸のどこかで気がひけて、彼女の手を握りしめて低く云った。

「じゃあ、僕は帰るよ、早く家におはいりよ。」

彼女ががらりと格子を引開けたとたんに、坪井ははっと身を引いて、両手を懐の中で組合せ、首垂れて、真直に歩き出した。もう何時頃なのか、人通もまばらで、小さなカフェーや小料理屋の中だけが、明るく、而も静かだった。彼はうるさい空自動車をよけながら、いつしか不忍池の方へ出て、寒い風に吹きさらされてる池の面を眺めやった。