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しのぜんご

死の前後

豊島 与志雄

「経済往来」1933(昭和8)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,273 字 · 35 页

青空文庫

蔦子はいろんなとりとめもない話をしながら、杯をかさねた。おしげは殆んど口を利かないで、うなずいてるきりだったが、嬉しそうだった。蔦子の家から電話がかかってきた。蔦子は料理の折詰とお酒の瓶とを包んで、おしげにむりに持たしてやった。御主人にわけを話して、うちでゆっくりおあがりなさいと云った。おしげは帯のところをつっついて、通帳を落さないようにと、何度も注意した。蔦子は子供にでも対するようにうなずいてみせた。

蔦子は家に帰って、鏡台の前に坐ったが、ふいに、何か腹だたしいかのように、かかってきてるお座敷を断らせた。そして鏡の中をぼんやり眺めながら、煙草を吸いながら、考えこんでしまった。

おしげの郵便貯金のこと、彼女の急死のこと、蔦子がその貯金によって救われたこと、それらの話を蔦子から聞かされた時、坪井は心に復雑な衝撃を受けたのだった。それらの話をしながら蔦子は、絶望的とも云えるような朗らかさを示していたが、聞く方の坪井は、次第に憂欝な気分に沈んでいった。

彼はその憂欝の底から、蔦子と知り合った初めのこと、なおそのも一つ前のことを、まざまざと思い浮べるのだった。