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しまでをかたる

死までを語る

直木 三十五

「話」1933(昭和8)年9月号~1934(昭和9)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 42,739 字 · 85 页

青空文庫

この「おんちゃん」の所へ、遊びに行って、初めて、毛糸というものを見て、びっくりした事がある。こんな綺麗なものが、世の中にあろうかとか、こんなものを「おんちゃん」みたいな子供がもって、とか、そういう驚きであった。家は、木薬店(生薬が正しいか)で、西洋流の売薬と、漢薬との混沌期であったらしく、店先に、蜜柑の皮が、一杯干してあったのを憶えている。

十

私の家の東隣りが、小間物屋であった。ここの職人であったか、ここへ来る人の内であったか、その当時から、将棋の強い人がいるという事を聞いていたが、今思うと後の七段神田辰之助氏らしい。神田という名も、辰やんという名も、記憶の中にある。その東隣りが日比野という呉服店で、こっちは、古手屋で、商売敵であるから、私も、決して、遊びに行かなかった。

その隣りが、堺の名産、大寺餅の、名だけを使用している安餅屋であった。これは私が、九つか、十位の時に、開店したらしく、開店の日の、大安売りにだけ、この餅を買ってもらった。

その隣りが、前にかいた貸本屋である。神田伯竜口演の「太閤記」七冊つづきを、一日の間に読んで、見料二銭。