轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
しまでをかたる
死までを語る
直木 三十五
「話」1933(昭和8)年9月号~1934(昭和9)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 42,739 字 · 85 页
季吉と、私とである。二人とも、女房がある。私は、そんなに喧嘩をしないが、青野は、よく夫婦喧嘩をして
「ま、ま、又やってきた」
と、どもりながら、半日位遊んで行った。在学中、私は早稲田美術研究会の幹事をしていたが、その縁で紀淑雄先生から、日本の美術に関した本を全部書上げてくれないか、出版部から発行するから、という話があった。私は、すぐ金にならぬが、何もする事が無いし、仕上げたなら金になるだろうと、父に
「こういう仕事があるから、それの終るまで、毎月今まで通りに送金してもらいたい。就職口は、そう急にないし、大阪へ帰ってはいけないから、是非たのむ」
と、云ってやった。期間は三ヶ月と切って、それ以上はいらぬ、とつけ加えた。坂崎坦氏、森口多里氏など、この研究会の幹事であったが――それから、三ヶ月、毎日、上野の図書館へ通った。今何うか知らぬが、いつも満員つづきで、待たされるのに、いらいらしながら、古来からの東洋美術に関する書籍をことごとく調べて、書上げた。所が書上げると同時に
「出版部の都合で中止になった」
と、云われてしまった。私は、大してこういう事に憤慨したり、怨んだりする性質ではないが、失望はした。