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ころされたてんいちぼう

殺された天一坊

浜尾 四郎

「改造」1929(昭和4)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,716 字 · 27 页

青空文庫

浅慮の私からはっきりと申しますれば、御奉行様は始めて、天一坊にお対面になりましてから以来、何故か天一坊が公方様のお落胤であるという事実を信じまい信じまいとなさって居られたのでございます。奉行という重いお役目から、大事には大事をとって、と仰せられながら、お家来の衆を遙々紀州へおつかわしになりました時など、事の真相を糺すというよりも、あれは嘘だと申す証拠を掴みたがって居られるようにさえ感ぜられましたのでございました。どうかして天一坊を偽者だという証拠を得たい、どうかしてあれが御落胤でないという事を確信したい、斯ういうのが御奉行様の御心持であったに相違ございませぬ。

何故と申すに、紀州に遣わされました方々が、天一坊が偽者であるという証拠を得られずに却って真ものであるという証拠を伝えて参りました時の御奉行様の御失望、御苦悩を私ははっきりと思い出す事が出来るからでございます。今までのお裁きの場合には、黒白何れか一方の証拠をお掴みになりますと御奉行様は世にも幸福な御様子をなさるのでございました。ところが今度に限ってそうでないのでございます。之は如何いうわけなのでございましょう。