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ころされたてんいちぼう

殺された天一坊

浜尾 四郎

「改造」1929(昭和4)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,716 字 · 27 页

青空文庫

其の夜から御奉行様のお居間には和漢の御書がたくさんに開かれましたが、皆「正」とか「義」とか申すむずかしい事に就いての御本だったように存ぜられます。

愈々最後に、明日は御自身で天一坊をお調べ遊ばし、それによって御奉行様が何れともお定めにならなければならぬと定りました其の前夜、御奉行様のお邸には荻生様、伊藤様の両先生が見えておそく迄お物語り遊ばしましたのでございます。

天一坊お調べの節の有様はあなた様方もよく御存じの事と存じますが、御奉行様はいつもに似ず御低声で、お訊ねも主に外形にばかり注がれて居たと申す事でございます。天一坊の乗輿に就いてのお訊ね、御紋についてのお調べ、之皆外形の事柄でございます。肝心の御落胤か否かと申すことに就きましては、どうしてあのお墨附と御短刀だけで天一坊が其の本人だと云う事が出来るかというような事を仰せられただけだと申すことでございます。御言葉が激して来て天一坊にお迫りになった時、あの美しい僧形の若人は世にも悲しげな顔をして斯う申したという事でございます。

「世にまことの親をほんとに知る事の出来る人間が居りましょうか。誰しも生れた時の記憶が有るものではありません。