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ぼしじょじょう

母子叙情

岡本 かの子

「文学界」1937(昭和12)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 77,355 字 · 153 页

青空文庫

浪のように起伏する灯の粒々やネオンの瞬きは、いま揺り覚まされた眼のように新鮮で活気を帯びている。かの女は都会人らしい昂奮を覚えて、乗りものを騎馬かなぞのように鞭って早く賑やかな街へ進めたい肉体的の衝動に駆られたが、またも、むす子と離れている自分を想い出すと、急に萎れ返り、晴々しい気持の昂揚なぞ、とても長くは続かなかった。

バスはMの学生地区にさしかかった。五六人の学生が乗り込んだ。帽子の徽章をみると、かの女のむす子が入っていた学校の生徒たちである。なつかしいと思うよりも、困ったものが眼の前に現われたといううろたえた気持の方が、かの女の先に立った。年頃に多少の違いはあろうが、むす子の中学時代を彷彿させる長い廂の制帽や、太いズボンの制服のいでたちだけでも、かの女の露っぽくふるえている瞼には、すでに毒だった。かの女は顎を寒そうに外套の襟の中へ埋めた。塩辛い唾を咽喉へそっと呑み下した。

かの女のむす子はM地区の学校を出て、入学試験の成績もよく、上野の美術学校へ入った。それから間もなく逸作の用務を機会に、かの女の一家は外遊することになった。

在学中でもあり、師匠筋にあたる先生の忠告もあり、かの女ははじめ、むす子を学校卒業まで日本へ残して置く気だった。