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ぼしじょじょう

母子叙情

岡本 かの子

「文学界」1937(昭和12)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 77,355 字 · 153 页

青空文庫

いつか左側の店並の往きの人の流れに織り込まれていた。すると同じ頃合いに、逆コースから順コースの人込みに移ったらしい学生の後姿が五六のまばらの人を距てて、かの女の眼の前にぽっかり新しく泛んだ。

「あっ、一郎」

かの女は危く叫びそうになって、屹と心を引締めると、身体の中で全神経が酢を浴びたような気持がした。次に咽喉の辺から下頬が赫くなった。

何とむす子の一郎によく似た青年だろう。小柄でいながら確りした肉付の背中を持っていて、稍々左肩を聳やかし、細そりした頸から顔をうつ向き加減に前へ少し乗り出させながら、とっとと歩いて行く。無造作に冠った学生帽のうしろから少しはみ出た素直な子供ぽい盆の窪の垂毛まで、一郎に何とよく似た青年だろう。すると、もう、むす子特有のしなやかで熱いあの体温までが、サージの服地にふれたら直ぐにも感じられるように思われた。

かの女の神経は、嘘と知りつつ、自由で寛闊になり、そしてわくわくとのぼせて行った。

「パパ、一郎が……ううん、あの男の児が……そっくりなの一郎に……パパ……」

「うん、うん」

「あの子にすこし、随いてって好い?」

「うん」

「パパも来て……」