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ぼしじょじょう

母子叙情

岡本 かの子

「文学界」1937(昭和12)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 77,355 字 · 153 页

青空文庫

「また、羽織を曲げて着てますね。だらしのない」

これがかの女に対する肉親の情の示し方だった。

むす子はかの女と連れ立って歩くときに、ときどき焦れて「遅いなあ、僕先へ行きますよ」と、とっとと歩いて行く。そして十間ばかり先で佇んで知らん顔で待ち受けていた。

むす子は稍々内足で学生靴を逞しくペーヴメントに擦り叩きながら、とっとと足ののろい母親を置いて行く。ラッパズボンの後襞が小憎らしい。それは内股から外股へ踏み運ぶ脚につれて、互い違いに太いズボン口へ向けて削ぎ下った。

「薄情、馬鹿、生意気、恩知らず――」

こんな悪たれを胸の中に沸き立たせながら、小走りになってむす子を追いかけて行くとき、かの女の焦だたしくも不思議に嬉しい気持。

今一二間先に行く青年の足は、それほどの速さではないが、やはりかの女がときどき小走りを加えて歩かなければ、すぐ距離は延びそうだった。そして小走りの速度がむす子を追うときのピッチと同じほどになると、不思議にむす子を追うときの焦々した嬉しさがこみ上げて来て、かの女は眼に薄い涙を浮べた。

かの女は感覚に誑されていると知りつつも、青年のあとを追いながら明るい淋しい楽しい気持になるのをどうにも仕様がなかった。