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ぼしじょじょう

母子叙情

岡本 かの子

「文学界」1937(昭和12)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 77,355 字 · 153 页

青空文庫

むす子がどれ程深く喰い入りそこから取り出すであろう芸術も、それをあの賢夫人やその他多くの世間人達がむす子に予言するような、いわゆる偉い通俗の「出世社会」に振りかざし得ようとの期待は、親もむす子も持たなかった。置く者も置かれる者も、慾や、見栄や、期待ではなかった。もっとせっぱ詰ったあわれなあわれな心の状態だった。

所詮、かの女はむす子と離れて暮さねばならなかった。

うつし世の人の母なるわれにして

手に触る子の無きが悲しき。

むす子が巴里の北のステイションへ帰朝する親たちを送って来て、汽車の窓から、たしない小遣いの中で買ったかの女への送別品のハンケチを、汽車の窓に泣き伏しているかの女の手へ持ち添えて、顔も上げ得ず男泣きに泣いていた姿を想い出すと、彼女は絶望的になって、女ながらも、誰かと決闘したいような怒りを覚える。

だが、その恨みの相手が結局誰だか判らないので、口惜しさに今度は身体が痺れて来る。

バスは早瀬を下って、流れへ浮み出た船のように、勢を緩めながら賑やかで平らな道筋を滑って行く。窓硝子から間近い両側の商店街の強い燭光を射込まれるので、車室の中の灯りは急にねぼけて見える。