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みずとりてい
水鳥亭
「別冊文藝春秋 第一五号」1950(昭和25)年3月5日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 30,705 字 · 62 页
真鶴では、大謀網に敵潜が突ッかけてしまいましたよ。ホラ貝をふくやら、大騒ぎしたそうですが、網をかぶったまま、逃げられちゃいましてね。ですからどこの大謀網もかけッ放しで、危くって、沖へでる舟はありませんよ」
野口が顔色を変え息ぜわしくなれば満足だと、亮作の泣き顔が語っているように見える。しかし野口も、亮作が沈黙すれば、まア、満足であった。そして、社長の落ちつきを取り戻すに時間はかからなかった。
野口は亮作にお茶をついでやって、
「どうです。一度、伊東へ遊びにいらっしゃい。今度の日曜にお伴しましょう。とにかく、別天地ですよ。ウチの畑は二町歩あります。鶏も一週間ぶんの卵を生んで、私たちを待っていますよ」
「ええ。ぜひ一度、お伴させていただきます」
亮作も忠実な社員にもどって、ニッコリ笑う。そして、社長の善良な思いやりと、親切を、あたたかく感じとるのである。
月曜からの六日間、野口のケチンボーにイライラと不快な思いをさせられるにしても、日曜の一日はその親切な訪れをまつ喜びで一ぱいになる。そして、夜十時、静かに裏戸に近づいてくる跫音に、最高潮に達する。
あるいは裏戸に跫音をきく瞬間までは、社長のケチンボー、安い月給を敬語でおぎのうことなどを罵る思いがくすぶっていたかも知れない。