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ひょうが
氷河
黒島 伝治
1928(昭和3)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,824 字 · 42 页
防寒靴は雪の中へずりこみ、歩くたびに畚のようにがく/\動いた。それでも足は、立ち止っている時にでも常に動かしていなければならない。静止していると、そこが凍傷にかゝるからだ。
夜がふけるに従って、頭の上では、星が切れるように冴えかえった。酒場のある向うの丘からこちらの丘へ燈火をつけない橇が凍った雪に滑桁をきし/\鳴らせ、線路に添うて走せてきた。蹄鉄のひゞきと、滑桁の軋音の間から英語のアクセントかゝったロシア語が栗本の耳にきた。
「止まれッ!」
ロシアの娘を連れ出したメリケン兵が酒場から帰って来る時分だ。
「止まれッ!」
馭者のチョッ/\という舌打ちがして、橇は速力をゆるめた。
「誰だ?」
「心配すんねえ!……えらそうに!」
声で、アメリカ兵であることが知れた。と同時に、別の弾力性のある若い女の声が闇の中にひゞいた。声の調子が、何か当然だというように横柄にきこえた。瞬間、栗本はいつもからの癇癪を破裂さした。暗い闇が好機だという意識が彼にあった。振り上げられた銃が馬の背に力いっぱいに落ちて行った。いつ弾丸の餌食になるか分らない危険な仕事は、すべて日本兵がやらせられている。