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ひょうが
氷河
黒島 伝治
1928(昭和3)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,824 字 · 42 页
」彼は、帰れることに嬉しさを感じながら、「みんなによろしく云って呉れ。」
田口は、何か訳の分らないことを呟いて、当惑そうな色を浮べた。そして、こゝから又セミヤノフカへ一個大隊分遺される、兵士が足らなくて困っている、それに関する訓令を持って来た、と云った。一個大隊分遣される、それゃ、内地へ帰る傷病者の知ったことじゃない。が、田口のなんか事ありげな気配で栗本は直ぐ不安にされた。
「また突発事件でもあったんか?」
田口は、今、こゝへ来しなにメリケン兵の警戒隊に喧嘩を吹っかけられた、と告げた。二三日前、将校が軍刀を抜いたのがもとで、両方が、いがみ合っている。メリケン兵とも衝突するかもしれない。
そこへ軍医が出て来た。あとから、看護長がついてきた。その顔に一種の物々しさがあった。
「みんな一っぺん病室へ引っかえすんだ。」
軍医の声は、看護長の物々しさに似ず、悄然としていた。
負傷者は、一寸見当がつかなかった。なんでもないことのようであもあり、又、非常な突発事件のようでもあった。彼等は乗込んだ橇から暫らく立上ろうとしなかった。そこらにいた看護卒も軍医の言葉を疑うものゝのようにじいっとしていた。