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えがわらんこ

江川蘭子

江戸川 乱歩

「新青年」博文館、1930(昭和5)年9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,151 字 · 23 页

青空文庫

と云っていた。つまり彼はスリ、かっぱらい、其他類似の小悪事によって暮しを立てていたのである。

若き母は、無論、夫であるこの青年の、はつらつたる主義思想を讃美渇仰していた。彼女は悪事の助手を勤めることは勿論、夫の命令とあらば、貞操でも売る美しい犠牲的精神を持っていた。では、どうして闘争が起るのかと云うに、若き妻は夫の不身持を微塵も仮藉しなかった。つまり彼女の方が幾倍も夫に惚れ込んでいたからである。

その母の子である蘭子は、勢い父悪漢の主義思想を渇仰しないではいられなかった。彼女の場合は精神分析家の所謂ファザア・コンプレックスである。幼きものは、母を競争者として、父の寵を争った。そして、蘭子は赤ちゃんの時代已に「ダグラスか然らざれば仕立屋銀次」の思想を植えつけられていた。

第二は(毒々しき印象の第二である)二歳の時、ほんの少年少女に過ぎなかった彼女の両親が、果敢なくも変死をとげてしまったことだ。

ある夜一人のおじさんが(と云っても二十何歳の青年なのだが)蘭子達の寝室へ這入って来た。蘭子はそのおじさんを二三度見たことを覚えていたけれど、誕生がすんだばかりの赤ちゃんには、これがどうした青年で、何という名前だか分り様筈がない。