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くつかけより
沓掛より
寺田 寅彦
「中央公論」1933(昭和8)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,751 字 · 18 页
朝早く起きてヴェランダへ出て見ると、もうちゃんと上がり口の階段の前へ来て待っている。人を見ると低い声でガーガーガーと三声か四声ぐらい鳴く。有り合わせの餌を一片二片とだんだん近くへ投げてやると、おしまいには、もう手に持っているカステイラなどをくちばしで引ったくって頬張る事を覚えてしまった。いくら食わせてもなかなかこの貪食な小動物を満足させることはむつかしいように見える。それでいいかげんに切り上げて池の中へ追い込んでやると、またいつもの藤棚の下へ帰って行って、そうしてきっと水を飲む。それが実にさもうまそうに、ひと口しゃくっては首をゆすり上げ、舌鼓を打って味わっているように見えるのである。そうして浅瀬のせせらぎに腹を洗わせながら、じっとして動かないでいる姿は実に美しいものである。あひるが陸へ上がってよちよち歩くときの格好は、およそ醜い歩行の姿の典型として引き合いに出るくらいであるが、こうしてその固有のおるべき環境にいるときの自然の姿はこのようにも美しく典雅なものである。固有でない環境に置かれれば錦繍でもきたなく、あるべき所にあれば糞堆もまた詩趣があるようなものであろう。