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くつかけより
沓掛より
寺田 寅彦
「中央公論」1933(昭和8)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,751 字 · 18 页
ある日大きな芋虫が路上をはっているのを、子供らが見つけて池の中へ投げ込んだら、あひるは始めのうちは見るには見ても、それが食物になるという事に気がつかないのか、いっこう無頓着なように見えたが、しばらくしてから気がついてついばんではみたものの、長さ二寸ほどな大芋虫であるから咽喉につかえて容易に飲み込めない。それでも結局はどうにかして嚥下してしまった。
この数日の間にあひるの生活にはずいぶん大きな変化があったが、しかしその変化が結局あひるのために有利であるかどうかはわからない。われわれ人間はただ自分たちの享楽と満足のために、かわいがるつもりで知らず知らずあひるに不自然な生活を強制している。しかし、こうして人間に慣れ過ぎて水を離れた陸上をうろついていると、いつかはまたどこかの飼い犬か以前の黒犬かが来て一口にかみ殺すようなことになるかもしれない。そういう機会を多くするようにわれわれ人間が仕組んでいるのではないかという疑いも起こって来る。やはり陸へ上がっているあひるは蹴飛ばしなぐりつけて池の中へ追い込んでやるのが正当であるかもしれない。人間の子供でも時々いじめ苦しめ、かついだりだましたりするのがかえって現実の世の中に生きて行く道を授けることにならないとも限らないのである。