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かわあかり

河明り

岡本 かの子

「中央公論」1939(昭和14)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 49,244 字 · 98 页

青空文庫

それほど船乗りの舌は鹹味に強くなっている。

きょうはいい塩梅に船もそう混まないで、引潮の岸の河底が干潟になり、それに映って日暮れ近い穏かな初冬の陽が静かに褪めかけている。鴎が来て漁っている。向う岸は倉庫と倉庫の間の空地に、紅殻色で塗った柵の中に小さい稲荷と鳥居が見え、子供が石蹴りしている。

さすがに話術を鍛えた近頃の下町の芸妓の話は、巧まずして面白かったが、自分の差当りの作品への焦慮からこんな話を喜んで聞いているほど、作家の心から遊離していいものかどうか、私の興味は臆しながら、牽き入れられて行った。

ふと年少らしい芸妓が、部屋の上下周囲を見廻しながら

「このお部屋、大旦那が母屋へお越しになってから、暫らく木ノさんがいらしったんでしょう……」と云った。

娘は黙ってごく普通に肯いて見せた。

「木ノさんからお便りありまして……」と同じ芸者はまた娘に訊いた。

「ええ、しょっちゅう」と娘はまた普通に答えて、次にこの芸妓の口から出す言葉をほぼ予測したらしく、面白そうに嬌然と笑ってこんどは娘の方から芸妓の言葉を待受けた。芸妓は果して

「あら、ご馳走さま、妬けますわ」と燥いでいった。