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かわあかり
河明り
岡本 かの子
「中央公論」1939(昭和14)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 49,244 字 · 98 页
私は帰る時機と思って、挨拶した。
河靄が立ち籠めてきた河岸通りの店々が、早く表戸を降している通りへ私は出た。
三四日、私は河沿いの部屋へ通うことを休んで見た。折角自然から感得したいと思うものを、娘やそのほか妙なことからの影響で、妨げられるのが、何か不服に思えて来たからである。いっそ旅に出ようか、普通通りすがりの旅客として水辺の旅館に滞在するならば、なんの絆も出来るわけはない。明け暮れただ河面を眺め乍ら、張り亘った意識の中から知らず知らず磨き出されて来る作家本能の触角で、私の物語の娘に書き加える性格をゆくりなく捕捉できるかも知れない。私のこの最初の方図は障碍に遭って、ますますはっきり私に慾望化して来た。
ふと、過去に泊って忘れていたそれ等の宿の情景が燻るように思い出されて来る。
鱧を焼く匂いの末に中の島公園の小松林が見渡せる大阪天満川の宿、橋を渡る下駄の音に混って、夜も昼も潺湲の音を絶やさぬ京都四條河原の宿、水も砂も船も一いろの紅硝子のように斜陽のいろに透き通る明るい夕暮に釣人が鯊魚を釣っている広島太田川の宿。
水天髣髴の間に毛筋ほどの長堤を横たえ、その上に、家五六軒だけしか対岸に見せない利根川の佐原の宿、干瓢を干すその晒した色と、その晒した匂いとが、寂しい眠りを誘う宇都宮の田川の宿――その他川の名は忘れ