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かわあかり

河明り

岡本 かの子

「中央公論」1939(昭和14)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 49,244 字 · 98 页

青空文庫

しかし、娘はあなたさまの御高名を存じて居り、お顔も新聞雑誌で存じ上げて、かねてお慕い申していたので、喜んでお貸ししたと申します。私も思い返してみれば、あなたさまが世間のことは何事も御承知の筆をお執りになる方である以上、却って、何かの便宜にあずかれるかも知れない。それで娘にもよく申付けて、お仕事にはお妨げにならないよう、表の事務室は人に貸すことは止めて仕舞い、また、是非、お近付き願えるよう、気を配って居りました。どうぞ、これから、これを妹とも思召し下すって、叱っても頂き、お引立てもお願いいたし度いのです。どうぞお願い申します」

老父は右手の薬煙草をぶるぶる慄わして、左の手に移し、煙草盆に差込むと、開いた右の手で何処へ向けてとも判らず、拝むような手つきをした。それは素早く軽い手つきであったが、私をぎょっとさせた。娘も、それにつれて、萎れたままお叩頭した。

老父のそこまでの話の持って来方には、衰えてはいるようでも、下町の旧舗の商人の駆け引きに慣れた婉曲な粘りと、相手の気の弱い部分につけ込む機敏さがしたたかに感じられた。

私は娘に対して底ではかなり動いて来た共感の気持ちも、老父の押しつけがましい意力に反撥させられて、何か嫌あな思いが胸に湧いた。