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かわあかり

河明り

岡本 かの子

「中央公論」1939(昭和14)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 49,244 字 · 98 页

青空文庫

「こういう簡単なものもご覧になれないって、お嬢さんどういうご病気なの」

というと、小店員はちょっと頭を掻いたが、

「まあ、気鬱症とか申すのだそうでございましょうかな。滅多にございませんが、一旦そうおなりになると一人であすこへ閉籠って、人と口を利くのを嫌がられます」

若しかして、昨日、茶席での談話が、娘を刺戟し過ぎて、娘は気鬱症を起したのかも知れない。そう云えばだんだん娘の性情の不平均、不自然なところも知れて来かかっていたし、そういう揺り返しが、たまたま起るということも、今更、不思議に思われなくなっていた。私は小店員の去ったあと、また河の雪を眺めていた。

水は少し動きかけて、退き始めると見える。雪まだらな船が二三艘通って、筏師も筏へ下りて、纜を解き出した。

やや風が吹き出して、河の天地は晒し木綿の滝津瀬のように、白瀾濁化し、ときどき硝子障子の一所へ向けて吹雪の塊りを投げつける。同時に、形がない生きものが押すように、障子はがたがたと鳴る。だが、その生きものは、硝子板に戸惑って別に入口を見付けるように、ひゅうひゅう唸って、この建物の四方を馳せ廻る。

ふと今しがた小店員が云った気鬱症の娘が、何処に引籠っているのだろうと私は考え始めた。