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かわはぜ

河沙魚

林 芙美子

「人間」1947(昭和22)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,653 字 · 24 页

青空文庫

口もとに手をやって乗り出すような恰好で千穂子がもう一度、大きい声で呼んだ。ずうんと水に響くような声で、おおうと、与平がゆっくりこっちを振り返った。

「もうご飯だよッ」

「うん……」

「どうしたンだね、水の中へはいってさ。冷えちまうじゃないかね……」

与平はさからう水を押しわけるようにして、左右に大きく躯をゆすぶりながら、水ぎわに歩いて来た。棚引いていた茜色の光りは沈み、与平の顔がただ、黒い獣のように見える。なまぐさい藻の匂いがする。近間で水鳥が鳴いている。与平が水のなかに這入りこんでいたのが、千穂子には何となく不安な気持ちだった。

「風邪をひくだアよ。おじいちゃん。無茶なことしないでね……」

「網を逃がしてしまったで、探しとったのさ」

「ふン、でも、まだ寒いのに、無理するでないよ……」

「うん、――まつは起きてるのかえ?」

「起きてなさる」

「ふうん……えらい風だぞ、夜は風になるな」

ずぶ濡れになったまま、与平はがっしりした躯つきで千穂子の前を歩いて行く。腿のあたりに、濡れたずぼんがからみついていた。裏口の生垣に咲いているこでまりの白い花の泡が、洗濯物のように、風に吹かれていた。